風景写真を死ぬまで続けた方がイイ理由

風景写真を死ぬまで続けた方がイイ理由

風景写真とは、言葉の通り「風景」の「写真」である。

風景写真(ふうけいしゃしん)とは、風景を撮影した写真作品のことである。ここでの「風景」とは、自然の風景のみならず、人工的な風景、すなわち、都市や建物なども含む。 引用先:Wikipedia

風景写真は一般的に人工的な「自然」を撮影するものと捉えがちだが、上記のように夜景、橋、ダムなどの人工物を含んでも風景写真というようだ。
あなたも普段の生活の中で多くの風景写真に触れているはずだ。例えば駅や空港などの看板、観光案内所のパンフレットなどで目にしたことがあるだろう。また、Instagramなどでも世界の美しい風景写真を簡単に目にすることが出来る。

2018年度、長野県白馬村の観光パンフレット表紙

 

もちろんあなたも旅行中や、散歩中でも手元のスマートフォンやミラーレスカメラなどで撮影したことが

あるだろう。

そんな普段当たり前のように身の回りにある風景写真であるが、

自分が撮影する側に立ったとして、風景写真を死ぬまで続けた方がイイ理由を述べていきたい。

記録は残る

写真の最も重要な役割はその景色の記録を残すことである。何故人は写真を取るのだろうか?

理由は沢山あるだろうが、おそらく今自分が見ているものを記録に残して、

時間が過ぎてもその記憶を忘れることなく保持していたいからだろう。

その先に、人に観せたい、販売したい、共有したいなど二次的な目的が存在する。

一生のうち二度と再び起こらないその瞬間を切り取り、時が過ぎてもその情報は残り人に影響を与え続けるのが写真の素晴らしい部分である。

美しい風景写真を撮影し部屋の壁に飾ればいつでもその時の情景を思い出し良い気分でいられるだろう。

物の見方を常に変えてみる癖がつく

写真撮影において同じ対象物を撮影する場合でも立ち位置、高さを変えることで全く異なった

結果を得ることができる。その行為をしばらく続けていくと、ある景色に出会った時自然と

ここからはこう見えているが、反対側からだともっと光の当たり方も良いだろうし、 印象的な写真が撮れるか       」など

想像する力がついていく。こういった癖がつくと風景写真の中の物理的な対象物だけではなく、モノの考え方

も様々な見方をする癖が自然とつく。これには個人差もがあるかもしれないが、僕自身それを体感している。

季節の変化に敏感になる

春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪山と四季折々年中通して撮影を楽しむことができる。

しかし、季節感を感じさせてくれるのはそれら以外にも沢山ある。

長い年月同じ場所で撮影をしていると周りの環境にとても敏感になる。季節ごとの花、虫の鳴き声、水田の様子、

雲の形、性質、大気の匂い、夕焼け、朝焼けの染まり具合、など様々なものが季節感を感じさせてくれる。

風景写真の撮影により季節感のあるものを切り取っていく楽しみももちろんであるが、

季節感を肌で感じる機会を得られるのは本当に心地がよい

太陽、月の動きに敏感になる

太陽の動き

風景写真だけに限らず人物写真、建造物の撮影に欠かせないのはやはり光源となる太陽の存在だ。

光の向きによってものの見え方、立体感、色合い、など雰囲気を大きく左右する。

しかし風景写真とそのほかの撮影とで大きな違いがあるのに気づいているだろうか?

人物写真は仮に天候が悪くてもストロボを使用することである程度自分の思い描いた光を

人工的に作り出すことができる。(もちろんストロボの用途はそれだけではない)

それに対して、風景写真で光源は原則太陽の光に限られる。そしてその光源は常に一定ではなく

その土地の地形、建物などの位置による物理的な要因、そして雲ができやすい土地、

雲ができやすい季節、湿度など気候による要因、またはあなたのいる地域の空気の汚染具合いなどの環境要因

によって太陽光の当たり方も大きく変化する。

僕らはその光を直接操ることは決してできない。     

ではどのようにして思い描いた光を捉えていくのだろう?

答えはとてもシンプル

予測し移動すること!

  1. 太陽の動きを予測すること
  2. 天候を予測し太陽光がどのように入り込むか予測する
  3. 地形、構造物の位置関係を把握し、太陽光がどのように入り込むか予測する
  4. 1〜3を組み合わせ自らが移動すること

常に太陽の動き、現場の状況から光がこれからどうなるのか予測し望ましい光が得られるよう

撮影地域、ポジション、撮影対象物を自ら調節していくことが大切である。

その日の気象情報、空の様子を見て「これは夕焼け絶対に綺麗になるな、このまま太陽が雲に

隠れ沈んでいけばあの山の斜面を照らして絶対に綺麗な一枚が狙えるかな。よし、あの場所に行こう

と状況から結果を予測し撮影に挑める。

行き当たりばったりの撮影も楽しいが、予測を立てて撮影に挑むのは、

自分で仕掛けた罠に魚が引っかかるような釣りの感覚と似たようなものがあり

風景写真の楽しさを倍増させてくれるだろう。

月の動き

月は天の川を撮影する人にとってはできれば消えて欲しい存在だ。

なんて酷い言い方なんだとは思うが、天の川に引き立ってもらいたいのでなるべく『新月』が望ましい。

しかし月の光が夜の風景を照らしてくれる貴重な存在であることも忘れてはならないだろう。

天の川も撮りたいけれど、それに加え夜空の下の山並みの存在もわかるようにしたい、

となれば三日月〜半月で少し月明かりはあるものの、天の川を妨げない光量が理想だろう。

太陽も月も普段そのような視点で捉えることがあるだろうか?

風景写真を行なっているとカメラを持たない時でさえそんなことを考えてしまう。

なんとも嬉しい副作用である。

健康に良い!

風景写真を行う=外に出る

つまり風景写真撮影はあなたに外に出る機会を与えてくれる。

僕はこれは非常に大切なことだと思っている。

絶景を追い求めていたり、撮影するポイントまでたどり着く際、いつの間にかかなりの距離を歩いていた

なんてことはないだろうか?

『健康のために5km歩くぞ!!』 といって5km歩くのと

好奇心に背中を押され気づけば『5kmも歩いたのか!!』では同じ5kmでも感じ方が違う。

自然を楽しみながら、好奇心が背中を押してくれているお陰で苦痛も少なく楽しく体を動かすことができる。

「健康に良いから風景写真をやろう!」という人はなかなかいないとは思うが

この風景写真が楽しく運動をさせてくれて、健康増進に貢献しているのは間違いないだろう。

高齢になっても続けられる

風景写真を撮りに現場にいくと比較的年齢層の高い方々に出合う確率が非常に高い印象がある。

定年退職後、時間に余裕ができ老後の娯楽として風景写真の世界に入り込んだ方々も少なくない。

行けるフィールドの幅、環境は勿論若者に比べれば制限される。自身の危機管理にもよる

撮影の行為そのものは比較的安全であり年齢に関係なく楽しむことが出来る。

人が年齢を重ねていくと価値観、思考が変化していくのと同じように、撮影するものすなわち

自分にとって興味を惹きつけるものもきっと変化していくだろう

例えばあなたが30代として70歳になった自分がどんな風景に魅了され、感動し、シャッターを

きっているなど想像出来るだろうか?

それはこれからどんな人生を歩んでいくかによっても左右されるかもしれない。

その時にふっと昔の写真と今の写真を照らし合わせられたとしたら

それは自分の人生の軌跡を見つめ直せる素敵な機会となるだろう。

高齢になっても続けられる、いや、

高齢になるまで続けてこそ面白みのあるのが風景写真ではないだろうか。

 

まとめ

以上が僕が思う風景写真を死ぬまで続けた方がイイ理由である。

風景写真を行なっていくことで得られるものはこれだけ沢山,いやもっと沢山ある。

そして、風景写真では嬉しいことに自然と触れ合う時間が多い。

目まぐるしく変化する現代に追いつこうとする我々に程よいブレーキ心の安らぎを与えてくれる。

人工的な物にはどうしても『流行り』、『廃れ』が存在するが

自然』にはそれらがなく普遍的な存在である。

次々と現れる新しいものに目を惹かれてしまう傾向にあるが

変わらないものの中から新たな魅力、喜びを見出していくことは本当に大切なことである。

もちろん普遍的な自然でも環境の変化により中には消滅してしまうものもある。

僕たちは素晴らしい時間、機会を与えてくれる自然に対し敬意を払い、環境保護に努めて

行かなければならないことも忘れてはならないだろう。

これまで風景写真に興味のなっかた人も、これからかじってみようと思っている人も

風景写真ってなんか良いなあ、やってみようと思ってもらえたら本当に嬉しい。

とにかくカメラを持って外に出てみよう!

オススメの記事

おーわグラフィーさんの記事でもとても分かりやすく参考になる記事があるので是非こちらも

確認して欲しい。良いこといろいろ!写真撮影を趣味にする9つのメリット